真空パックの鏡餅でよいのか

| コメント(0) | トラックバック(0)

鏡餅を二つ重ねて大年(おおとし)の神様のよりしろ(受信装置)とすることを考えると、最近はやりの真空パックの鏡餅は、あれでよいのでしょうかね。

カビが生えるから面倒だとか、極端な例では、去年一昨年(おととし)の真空パックを飾って安くついたと考えている家もある。
新しい年の新生の運命を大年の神様が年魂(としたま)として分けてくださるのに、いや私は昨年の古い運命で結構でございます、私は一昨年のホコリまみれの運命でよろしゅうございます、というおつもりか。


面倒くさいなどと言わずに、せめて一年の初めくらいは、生々の神気を受けるにふさわしい形をとってはどうであろうか。

餅にカビが生える、それを削って餅を割る。
それもまた楽しいことではありませんか。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.transpace.jp/mt4/mt-tb.cgi/73

コメントする

このブログ記事について

このページは、昌原が2009年1月 5日 23:20に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「鏡餅は大年魂(お年玉)を戴く為」です。

次のブログ記事は「なぜ鏡の餅というのか?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。