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明日は、久しぶりに琴の先生が来宅され、みっちりと稽古を付けて戴く予定です。

琴の稽古というと、今では女性たちの習い事のように思われています。
しかし、昔から、琴は男たちの、とりわけ風流を解する文人たちのたしなみでありました。

韓国ドラマ『女人天下』などを見ましても、風流をたしなむ貴族が旅をする際には、ロバに乗り、供の者に琴を担がせてゆらりゆらりと歩く場面がよく出てきます。

李白の有名な詩にも琴が出てきます。
 「山中対酌」 (李白)
両人対酌山花開 (両人対酌して山花ひらく)
一杯一杯復一杯 (一杯一杯 また一杯)
我酔欲眠卿且去 (我酔うて眠らんと欲す 君しばらく去りたまえ)
明朝有意抱琴来( 明朝 意あらば琴を抱いて来たれ)

二人で向かい合って酒を酌み交わす。
一杯一杯 また一杯と杯を重ねるうちに
私はどうも良いが回って眠たくなってしまった。
君、もうしわけないが、ひとまず帰っていただけないか。
明朝よろしければ、琴を抱いて来ていただけまいか。

山中で酒を酌み交わし、琴を奏でる。
うらやましいことですね。

それはともかく、私は、しばらく稽古に身をいれていなかったので、明日の稽古がタイヘンだあ。
 
琴と謡いのお師匠さんに勧められて、琴の稽古をすることになった。

先ずは、幅90cmほどの短琴にて弾奏の稽古をする。
安価な練習用の短琴ではあるが、CDの音色とは違って、生の音にはそれだけの安らぎをもたらす響きがある。

源氏物語の若菜の巻に、琴の名手である源氏の君が、琴について論ずるくだりがある。

    この(琴の)芸をきわめれば天地も動かすことができ、鬼神の心も柔らげ、悲境にいた者も楽しみを受け、貧しい人も出世ができて、富貴な身の上になり、世の中の尊敬を受けるようなことも例のあることなのだ。(円地文子訳『源氏物語』より)


これは古今集の仮名序にある、
  「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし・・・・鬼神をも哀れとおもはせ」
という件(くだり)を踏まえたものである。

 「力をも入れずして天地(あめつち)を動かす」という和歌の力は、祝詞の力でもある。
祝詞を奏上して、その内容が現実化していく様は、まさに「「力をも入れずして天地(あめつち)を動かす」と言える。

その力を、琴も持つと源氏は言うのである。

琴をコトと云うのも不思議なことである。
言葉のコト、物事のコト、それを奏でる琴。

琴の稽古を始めることによって、私の心の世界が一つ大きく開いていくような気さえしている。

しかし・・・・・・。
源氏の琴論は、なおも続く。

    実際すぐれた琴の音は月や星の座を変えさせることもあったし、その時季でなしに霜や雪を降らせたり、黒雲がわき出したり、雷鳴がそのためにしたりしたことも昔はあったのだよ。

ウーン・・・・。
琴の音色でもって、月や星の座を変えさせるというのか・・・・・。

古代人には適いませんね。
まあ。無心に稽古に励むことにするか。あはは。

今の日本人の標準的な歩き方は、右手と左足、左手と右足をクロスして連動させるという歩き方ですね。これはせいぜい100年あまりの歴史しかないということをご存知でしたか。

明治以前の日本人の普通の歩き方は、日本武道や芸道に見られる歩き方、つまりナンバ歩きであったと思われます。

ナンバ歩きでは、右足と右手(というよりは右肩)が同時に、左足と左肩が同時に出るのです。
これは奇妙な身のこなしでは決してありません。
古武道の動きや芸道の動きは基本的にナンバ歩きなのです。

明治になって学校教育や軍隊教育で西洋流の行進方法を取り入れたため、以後の日本人の身振りが西洋流に標準化されたといういきさつがあるのです。

昌原筆録に「ナンバ歩きの勧め(日本武道の身振り)」および「ナンバ歩きの日常稽古法」をアップしました。お読み下さい。

→ 昌原筆録4 ナンバ歩きの勧め(日本武道の身振り)
→ 昌原筆録5 ナンバ歩きの日常稽古法

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