「飛騨自慢・鬼ころし」鬼をも殺す辛口の酒・岐阜県・日本文化の様式美
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「飛騨自慢・鬼ころし」鬼をも殺す辛口の酒 (岐阜県の酒)

酒銘: 飛騨自慢・鬼ころし
蔵元: 老田酒造(岐阜県高山市)
創業: 江戸時代 享保年間(1720年代)
「鬼ころし」とは随分ユーモラスな銘柄である。
「殺す」という殺伐さが感じられないのは、昔むかしの物語、童話桃太郎を連想させるせいか。
全国各地に「鬼ころし」の銘柄は多数見受けられるが、飛騨高山の蔵元、老田酒造が、そもそもの初めに「鬼ころし」を用いたらしい。
創業280年の蔵元が、代々作り続けた「飛騨自慢」は、その辛口の味わいが鬼をも殺す力ありと、地元の人々に「おいたの鬼ころし」として親しまれてきた。
昭和30年代に、糖分を添加した甘ったるい似非(えせ)日本酒がはやったころに、老田酒造では、敢えて辛口イメージを前面に出して「鬼ころし」を名乗りだした。その後の地酒ブームもあって、今では全国に「鬼殺し」が200種ほどもあるとか。
「鬼ころし」に殺伐さが感じられないというのは、童話の連想もあるが、それ以上に日本文化の様式美があるのではなかろうか。
20年ほども前に、テレビや映画の暴力シーンが青少年に及ぼす影響が論議されたことがある。銃をガンガンぶっ放して人をころしていくアメリカ製のテレビや映画が、槍玉に挙げられた。
ところが、アメリカのある団体が統計調査をしてみると、一定の時間内に殺人が行われる回数が断然多いのは、日本のテレビ番組であるという結果が出た。
時代劇のちゃんばらシーンである。
水戸黄門や、遠山の金さんが、バッタバッタと人を切っていっても、そこに殺伐さが感じられないのは、時代劇が様式美によって成り立っているからである。
本来は殺伐たる行いである筈の「戦う」という行為も、大相撲は、美しいまでの様式美に高めている。
私は、相撲を国技とは認めていない。真実の国技の名に値するのは、広い意味での武道であろうと思う。しかし、大相撲が日本の様式美を表現していることは否めない。日本酒を呑む相撲取りの肌の美しさは、相撲の様式美と相まって、大相撲を実際に見物した人の心を打つ。
「鬼ころし」を英語で、モンスター・キラーと云う。
「相撲取り」を英語で、レスラーと云う。
しかし、・・・・・・・
「鬼ころし」を呑む「相撲取り」
それは、「モンスター・キラー」を呑む「レスラー」と同じではない・・・ということを祈りたい。
日本の文物数ある中で、日本酒はとりわけ、日本文化の様式美の世界に深く根を下ろしているということを、この「鬼ころし」という銘柄に思い至るのである。
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