「六十餘州」日本列島を呑み込もうという気迫か(長崎県の日本酒)-酒銘の多様性に日本文化の豊穣を見る
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「六十餘州」日本列島を呑み込もうという気迫か(長崎県の日本酒
酒銘: 六十餘州
蔵元: 今里酒造
(長崎県東彼杵郡波佐見町)
創業: 江戸後期
「六十餘州」(ろくじゅうよしゅう)とは、日本全国を意味する言葉である。
九州長崎県(肥前の国)の今里酒造が、その大吟醸酒を「六十餘州(ろくじゅうよしゅう)」と名付けた。
九州は肥前(ひぜん)の国から、六十餘州を呑み込もうという気概をもって造られた酒であろうか。
蔵元、今里酒造の先代は、財界幹事長と云われ財界で名を馳せた今里広記氏であったと聞けば、なるほどと、その気概も納得できる。
州とは、国(くに)のこと。
九州とは、九つの国(筑前、筑後、肥前、肥後、豊前、豊後、日向、大隅、薩摩)を意味する。
アメリカ合衆国は、五十の州から構成されている。
日本は、面積にしてアメリカの25分の1に過ぎないのだが、六十余りの国があり、この旧国名は今も厳然として生きている。
現在の郵便制度とは関わりなく、肥前の国、肥後の国 、その他六十余りの国は、今も生きている。
その国の一つ一つに国魂(くにたま)が宿り、その国魂(くにたま)の神座(かみくら)として、一宮(いちのみや)が置かれている。
肥前の国の一宮は、与止日女(よどひめ)神社、または千栗(ちりく)八幡宮、というふうに、日本全国に一宮(いちのみや)が置かれているのは、そこに国魂の神座をご奉斉申し上げる為である。
六十餘州といって、数を正確に言わないのは、一国を二つ三つと分割した歴史もあり、一概に数を確定できないからである。
一般に、五畿七道(ごきしちどう)の六十六を数えることが多いのだが、この数の中に北海道と沖縄は含まれていない。
従って、日本全国を表すには、六十餘州という言い方が、最も適しているといえる。
少々の曖昧さは、お愛嬌であろう。
曖昧さに関しては、清少納言の枕草紙に次のような記述がある。
秋は夕暮。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり。
(清少納言『枕草子』「秋は夕暮れ」の段)
カラスが飛び急ぐのは、三つなのか四つなのか、はたまた二つなのか三つなのか。こういう表現は、まことに日本的表現と言えよう。
日本人は曖昧さの中に美意識を見いだす民族である。
日本列島を「六十餘州」と表現することの、何とも心豊かなる曖昧さであろうか。
今里酒造の酒蔵の近くを川棚川が流れ、その伏流水を用いての酒造りは、二百数十年の伝統を引いている。
さて、これから、この日本列島を 呑み込むほどの働きをして見せようぞ、という時は、この「六十餘州」を取り寄せて、六十餘州を呑み込んでみるのも面白かろう。
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