【神道・神書・日本を学ぶトランスペース研究所】のメルマガ

武士道からアップダウン構造

トップ > 日本の不思議はアップダウン構造 > 【8】武士道(新渡戸稲造)からアップダウンへ

【8】武士道(新渡戸稲造)からアップダウンへ

1. 武士道(新渡戸稲造)から日本アップダウン構造

1-1. 武士道(新渡戸稲造著)が話題になっている

 『武士道』(新渡戸稲造著)が話題になっています。
 新渡戸稲造博士が英文原著 "Bushido: The Soul of Japan"を出版した
のは1900年(明治33年)のことでした。
 矢内原忠雄氏の翻訳『武士道』(岩波文庫)が出てほぼ半世紀になり、
今数種類の現代語訳『武士道』が出ています。

 映画「ラストサムライ」が大ヒットしたこともあり、日本人の凛とし
た生き方を懐かしむ心情も手伝って、『武士道』が注目されているので
しょう。

 今回は、武士道と日本アップダウン構造との関係を考えてみましょう。

1-2. 新渡戸稲造が『武士道』を英文で著した訳

 新渡戸稲造が『武士道』を英文で著したのには訳があります。

 『武士道』を著す10年ほど前、新渡戸稲造はベルギーの法学者ラブ
レーの自宅で数日を過ごしていました。

 ある日散歩の途中でラブレー氏が新渡戸稲造博士に尋ねました。

 「あなたのお国の学校には宗教教育が無いのですか?」

 新渡戸稲造が「無い」と答えると、ラブレーは驚いて立ち止まり、何
度も繰り返したのです。

  宗教が無い!
  それではどのようにして道徳教育を授けるのですか?

 ラブレー氏の西洋ショートカット的倫理觀においては、目に見える形
でショートカット的に道徳教育を行わない限り国民の道徳意識を醸成す
ることは出来ないと考えるのは当然でした。

 アップダウン構造を知らぬ新渡戸稲造がラブレーの問いかけに明確に
答えることが出来なかったのも、また当然でした。

 日本を愛する新渡戸稲造にとっては、これは大問題でした。
 日本人には精神的バックボーンが無いのかと、西洋人に問いかけられ
て、答えられなかったのです。

 その後10年を、新渡戸稲造は悶々と過ごしたであろうと思います。

(新渡戸稲造の心のつぶやき)

  日本の道徳教育の不備 ・・・と西洋人は言う。

  いや、日本人の道徳意識は極めて高い筈だ・・・。

  その道徳意識の根幹にあるのは何か?

 十年にわたるこの心の葛藤を経て、新渡戸稲造は、日本人の道徳意識
の根幹をなしているのは武士道であると気付き、そのことを西洋人に知
らしめるために英文『武士道』を著したのです。

『武士道』は英文によって西洋世界に発せられた日本人の弁明でした。
宗教無しで道徳教育はあり得るのかとの西洋人の問いかけに対して、
日本人にも精神的バックボーンはあり、それが武士道であることを、こ
の書は西洋世界に投げ返したのです。
(拙著『ありがとう日本アップダウン構造』P.256)

1-3. 武士道は日本人の心に流れている

 武士道は紛れもなく日本人の心が作り出したものであり、義、勇、仁
礼、誠、名誉、忠という徳目は、今の日本人にとっても心の奥底で光っ
ているはずです。
 そして、そういう徳目が崩れかかっているが故に、大方の日本人はそ
れを懐かしみ、取り戻したいと考えているようです。

 それが『武士道』ブームに火を付けているのでしょう。
 また、映画「ラスト・サムライ」などがもてはやされるワケでもあり
ます。

 武士道精神を貴んだのは武士だけではありませんでした。
 士農工商という身分制度があった時代にも、武士道精神は農民、工人、
商人にも感化を及ぼしていました。

 新渡戸稲造が『武士道』で述べているように、百姓たちはいろりを囲
んで、義経を助ける弁慶の忠義物語りや、曾我兄弟の忍苦に耐える物語
に興じたり、番頭や丁稚たちが信長や秀吉の物語りを楽しんでいたので
す。
 また、赤穂浪士の討ち入り後には、江戸市中で町人たちの敵討ちがい
くつもあったとか。

 崩れかかっているとはいえ、武士道精神は今も日本人の心の奥底で生
きていると思います。

1-4. 武士道に代わる日本精神のバックボーンは日本語

 しかし、士農工商という身分制度が無くなった今、武士道をして21
世紀の日本人の道徳規範とするのには、すこし無理があります。

 では、21世紀日本人の心の規範として、武士道に代わるものはある
のでしょうか。
 それを日本人が自覚して、世界に向かって公言するも恥じないという
日本精神の規範は、果たしてあるのでしょうか。

 あります!

 21世紀日本人の心の規範とは、日本語アップダウン構造であります。

 今も昔も、日本人は日本語を使い続けて来ました。

 言語は即ち意識です。
 言語を用いずして意識を働かせることはできません。
 日本語とは、即ち日本精神であるのです。

 その日本語がアップダウン構造をしており、アップダウン構造の奥に
大いなる存在、神、宇宙法則がかくされているのです。

 そういう日本語を使う日本人の心に、知らず知らずのうちに、大いな
る存在、神、宇宙法則に対する畏敬の念が育まれるのは至極当然のこと
です。

日本語の真相;アップダウン構造奥に神

 その日本語アップダウン感覚、それこそが、もっとも深い意味で日本
人の精神のバックボーンとなっているのです。

 そのバックボーンに支えられて咲いた花一輪が、武士道であると言え
ます。

 日本語のアップダウン構造が明確になった今、武士道精神を更に昇華
して、日本語アップダウン意識をこそ、これからの日本人の心の規範と
して掲げるべきでしょう。

 それをこそ、日本人が何よりも誇るべき日本精神の精髄であるとして
西洋世界にも打ち出して行くべきでしょう。

2.日本語という道徳規範

2-1. 外来文物の日本的改変

 地球上に数多の民族がありますが、何らかの意味で「宗教」を持たな
い民族は皆無であると思われます。その「宗教」が民族の道徳規範とし
て働いているのです。

 日本古来の「宗教」として神道がありますが、これがどうにも「宗教」
の概念に当てはめにくいのです。つまり、宗教の3大要素である、教祖、
教典、戒律が、神道には無い、あるいは他宗教に見られるほどに明確で
はないのです。

 およそ1500年の昔に仏教が渡来してこの国に根付き、神道と共に
日本人の心を培って来ました。この日本仏教は、もはやインドに発した
仏教ではなく、日本独自の仏教なのです。日本人の心(アップダウン意
識)が育て上げた仏教なのです。

  • ●参考: 西洋ショートカット意識の産物たるフランス自然主義文学が
     日本人のアップダウン意識によって日本的変容を遂げた事情について
     は、『ありがとう日本アップダウン構造』P.131 以下の「日本独特の
     自然主義文学」を参照して下さい。

2-2. 日本人の宗教の特殊性

 新渡戸稲造の時代(幕末、明治)にも、神道があり仏教がありました。
しかし、その「宗教」としてのあり方は、西洋一神教の宗教規範とは全
く違ったものでした。
 だからこそ、「お国に宗教教育は無いのか?」とのベルギー人ラブレ
ーの問いかけに、新渡戸稲造は答えることが出来なかったのです。

 その後10年経ってようやく、新渡戸稲造は、それが武士道であると
答えたのでした。

 既にアップダウン構造をご存知の読者の皆さんであれば、新渡戸稲造
博士よりも更に深く、日本人の心の規範について述べられる筈ですね。

 宗教というものは、目に見えない世界の光明をこの世にもたらすため
のものです。 

 西洋人の宗教信仰は、そのショートカット意識を用いて明確に神を意
識し、明確に言葉に表し、明確に信仰態度として定立します。

 逆に西洋人が無宗教の立場をとる際には、徹底的に無宗教の立場を取
ります。中途半端はありえないのです。

       ショートカット的宗教信仰

           信じる
      (私) →→→→→ (神)  [表面意識]
           信じない
     (信じるか、信じないか、はっきりと自覚)

 ところが、日本人の宗教意識は実にあいまいです。

 正月には日本人の大多数が初詣に出かけます。
 では、神社参拝を終えた人にマイクを突きつけて

 「あなたは本当に神の存在を信じているのですか」

と聞いてみてください。

 まず一般的日本人であれば、

 「いやあ、そこまでは・・・」

とか何とか言って言葉を濁すはずです。

 参拝をするときには、アップダウン構造の奥がこちらの表面意識に響
いて
いますので、ためらいもなく参拝をします。 マイクを突きつけられて
質問されると、ショートカット意識の世界に戻ってしまいます。
 平均的日本人がショートカット意識の論理の世界で神の存在を明確に
信じている訳ではないのです。

  • アップダウン的には信じている。→ 参拝する。
  • ショートカット的には信じていない。→ 信じていると明言できない。

 ともあれ、こういう日本人のあり方が、実は素晴らしいと思うのです。

2-3. 日本語には「宗教」が内蔵されている

 日本語アップダウン構造は無意識のうちに目に見えない世界とつなが
っていますので、無意識のうちに目に見えない世界からの光明が流れて
来るのです。

 つまり、日本語には「宗教」が内蔵されているのです。

 日本語を使う日本人にとって、ことさらに「宗教」を立てる必要はな
いのです。

 日本語が日本人の「宗教」なのです。

 ●【7】日本語全体の主語は神 (日本語の乱れと正しい日本語)
 

 西洋人は、言語の中に宗教が内蔵されていませんので、言語とは別に
宗教を定立しなければならないのです。

 日本人が日本語という道徳規範を与えられていることは、真に有り難
いことです。
 日本人がこれほど宗教的精神に満ちていながら、宗教紛争に煩わされ
ない大らかさを保っているのは、日本語アップダウン構造のお陰であり
ます。

 日本語という、いわば無形の道徳規範を持つ日本人こそ、地球上の宗
教紛争を調停する最良の立場を取っていると言えるでしょう。

━━━━━━━━━━参考文献━━━━━━━━━━━━━━

・"Bushido: The Soul of Japan" Inazo Nitobe著、Tuttle
・『武士道』新渡戸稲造(著)、矢内原忠雄(訳)、岩波文庫
・『武士道』新渡戸稲造(著)、奈良本辰也(訳)、三笠書房
・『武士道』Bilingual books、新渡戸稲造(著),須知徳平、講談社インター
ナショナル
・『「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは』李登輝(著),小学館
・『武士道―いま、拠って立つべき“日本の精神”』新渡戸稲造(著), PHP
・『日本町人国家論』天谷直弘(著)PHP文庫
・『ありがとう日本アップダウン構造』昌原容成(著),トランスペース出版

3.編集余録

●昌原筆録【2】水無月(水有る月)にナの言霊の力を想う をアップし
ました。
 ウエブで水無月の意味を調べてみると、皆さん「無」の解釈に困
っているようですね。
 仕方がないので、「ナ」とは「の」の転じたものであって、水無
月とは本来「水の月」であると説明しています。

 水無月はナに意味があるのです。
 「水の月」で済ませてしまっては、水無月のナの言霊が死んでしま
います。

 → 昌原筆録【2】水無月(水有る月)にナの言霊の力を想う 

●参考文献に挙げた『日本町人国家論』は、本号で述べる積もりで
あったのですが、別に稿を設けることにします。

 サワリを申しますと、町人国か武士国かという発想を根底から改
めて、日本語アップダウン構造を与えられている日本民族の特性を
思うならば、日本は床の間国家(祭祀民族)であると思うのです。

 いずれこのメルマガで論じます。

●日本で生まれ、日本語を身につけていくうちに、子供たちは毛穴
から日本語という道徳規範を吸い込みます。それが日本人の国民性
を作っているのです。

 ところが、最近の子供たちに、日本人らしさが薄れつつあるよう
に思われます。 

 子供たちに日本のすばらしさを毛穴から吸い込んで欲しいと願っ
て絵本を作りました。
 誕生日をプレゼントおねだり日だと勘違いせずに、両親と産土の
神に感謝申し上げる日にしましょうと子供たちに訴える絵本です。

 → 子育て絵本で子供に誕生日の本当の意味を教える

■トランスペースの本(書店ではお求めになれません)

 『ありがとう日本アップダウン構造』 
  昌原容成・著 (1680円) 

 日本語文法全体の究極主語は「神」である。
 日本文化全体の根元力は「神」である。
 日本語アップダウン構造によって、それを鮮やかに論証する。

 この本は、品切れ改訂中です。


===============================
★ 昌原(あけはら) 容成 (ようせい) ★    ページ先頭     読者数 1304  
===============================

powered by Quick Homepage Maker 4.50
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional